若くして亡くなった母校美術部OBの魂を揺さぶる作品の数々。
2026年2月12日より2月22日まで神奈川県鎌倉市にて開催されます。
ご都合のつく方は、是非足を延ばしてご鑑賞ください。
高田 啓二郎 – TAKADA Keijiro –
1951年、Kは東京の墨田に生まれる。
7 歳の頃、小児リューマチに罹患。
中学で油絵を始める。
高校では美術部に入り、絵を書くことが日記がわりとなる。
高校を卒業したころから、リューマチが進行し大学も就職も断念。
Kは絵を画いた、画いた、画いた。
1970年、18歳。
この年、3月には大阪で万博が開催され、
同じ月には共産主義者同盟赤軍派が起こした日本航空便・よど号のハイジャック事件、
4月にはポール・マッカートニーの脱退でビートルズが解散した。
11月には憲法改正のため自衛隊に決起を呼びかけた三島由紀夫が割腹自殺した。
Kはただひたすら絵を画いた、画いた、画いた。
1973年頃から一日の大半を自室で過ごすようになる。
狭い部屋の更に小さな机に向かって
「永遠の過去と未来に最大限に自己を拡張」しながら・・・・・・。
そして突然、Kは絵を画くことを止める。
1993年、1月5日未明、K永眠。
41歳。
深夜、ひとり机に向かっていた「Kの劇場」には、
3000枚をこえる絵と、詩、散文、シナリオなど多量のノートのほか、
ジャズ、クラシックのテープが遺る。

